2010年7月26日

IN SYDNEY

7月14日 黒柳夏子


シドニーにやって来ました!
私達の公演が行われる会館は、街のど真ん中にあります。そしてまたと思われるかもしれませんが、そりゃもう、またまた大変な搬入でした・・・
まず、一番交通量の多い道路の一車線を止め、歩道の上を大荷物を持って何往復もするので、運転手や歩行者の迷惑そうな視線がチクチク・・・。
更に、劇場の舞台は地下にある為、重たい荷物をリフトで下へ降ろします。しかし、このリフトが凄く小さい!多分畳一枚分くらいでとっても原始的な仕組みのリフト・・・


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載せる物のサイズや重量に規制があるので、その範囲内で上げ下げする訳ですが、音響さんや照明さんの機材は精密機械でとっても重たいので、どうしてもこのリフトで慎重に搬入される事になります。でも、それが終わるのを待っていたら日付が変わるどころじゃない程の時間がかかります。
こんな時、私達は体を使います。ええ、階段です。
リフトの横には幅が大人1.5人サイズの階段があって、地下二階までの道のりをひたすら太鼓や台を抱えて駆け下りる訳です。こんな時は男も女も関係ありません、誰よりも勢い良く駆け下りるあすちゃんに、ついシャーッタを切ってしまいました。


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さてリフトにも載らない、1.5人サイズの階段も通らない物、そう大太鼓はというと、搬入口の奥にもう一つある大きな階段から搬入。しかし、普通に降りる時も手すりを持たないと怖いくらいの急角度!!果たして大太鼓の搬入は大丈夫なんでしょうか?


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男性陣ほぼ全員と舞台監督のポールで、慎重に大太鼓が降ろされていきます。
「よーし、地面は近いぞー!」「最後まで気を抜くなよー。」
はぁぁ、無事に到着。でも、あと大桶が2基でしょ、それぞれの台があるから最低でも後5回はこの階段を上り下り・・・皆さん、怪我しないでくださいね。


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こんな大変な中でも自然とカメラ目線で答えてくれるのは、やっぱりエンターティナーの性分なのでしょうか?


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夜の20時から始まって、ホテルに帰り着いたのは23時過ぎでした。
シドニー3日間、4回公演は、懐かしい人も来てくれると聞いています。
張り切って演奏したいと思います。

あ、それから今月の12日はマキさんのお誕生日でした!!
恒例のケーキと皆のバースデイソングでお祝い!!
マキさん、お互いに頑張りましょーね(笑)!!
皆さんも、御一緒に!せーのHAPPY BIRTHDAY MAKI!!!


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2010年7月23日

TAO ファミリー

2010.7月21日 Gold Coast にて 原崎太郎


1か月半のオーストラリアツアーも佳境に入り、残すところ、ここゴールドコーストとブリスベンでの2公演だけになりました。「光陰矢のごとし」とはよく言ったもので、本当に月日が経つのは早いものです。・・・と、何だかテレビのアナウンサーみたいな語り口調になってしまいましたが、僕はこのオーストラリアという国が、初めて来た2006年からずっと、大好きです。この国の風土とフード(ナイス親父ギャグ!)、自然や気候、そしていわゆるオージーと呼ばれるオーストラリア人の陽気さには心が癒されます。まぁ、その陽気さとのんびりさで、2006年の初ツアーの時にはえらく苦労しましたが・・・苦笑。


そんな大好きなオーストラリアの中でも、一番好きなのはプロモーターの一家。TAOの海外公演は基本的に、「TAOのショーを自分の国の人たちに見せたい!」という熱い思いをもったプロモーターと呼ばれる人がTAOをそれぞれの国に呼んでくれて成立しています。だいたいプロモーターというのはバリバリ仕事ができるお金持ちな雰囲気の人が多いんですが、このオーストラリアのプロモーターはマークという男性とその家族。マークはTAOのリーダー・水藤さんと同じ年ぐらいで、どちらかと言うと僕らのお兄さん的な感じすらする、とてもフレンドリーな人。そのマークのいとこであるポールが2006年以来舞台監督を務めてくれていて、マークやポールのお父さんやお母さん、マークのフィアンセも事あるごとに僕らのショーを見に来てくれたり、とにかくアットホームな環境なんです。そして、ショーが終わればメンバー全員をバーに誘ってくれて総勢20人ぐらいで飲んで楽しんで、なんて事もしばしば。マークやポールのお父さんやお母さんたちと一緒にいると、僕たちも彼らの家族の一員のような、そんな気持ちにさえなります。

ある日のショーが終わった後、マークとその家族に誘われてバーで飲んでいた時、ほろ酔いになったマークが熱く語ってくれました。
「2006年のTAOの初オーストラリアツアー。あれが全てだった。あの時、TAOが俺を救ってくれたんだ。あの時のTAOの成功がなければ今の俺はない。今はまだこの国で一番の駆け出しプロモーターだけど、後10年もしたら絶対にトップになる!これからもよろしく頼むよ!そうフジタカに伝えてくれ!」
半分涙目になりながら熱い思いをぶつけてくれたマークの言葉と顔がしっかりと僕の中に焼き付いています。TAOというグループは、本当に色んな人に影響を与えているんだな、とつくづく思いました。
そんなオーストラリアのTAOの家族とも言うべき彼らのためにも、残りの2公演、120%を出し切って2012年にまたこの地に帰ってきたいと思います。


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2010年7月22日

Long long way

7月4日 黒柳夏子

アデレードの空港から2時間程のフライトで、メルボルンに到着。
今年で三度目のメルボルンですが、今回の会場は今までとは打って変わってカジノの中のレストランシアター。
「Crown Entertainment Complex」この場所で6日間の7回公演となります。
シアターの外には、ここでshowをするアーティスト達の大きな看板があります。
その中にTAOの看板も発見しました!


15:30メルボルンの空港へ到着。早々ではありますが今日は特別に搬入をさせてもらえることになり、会場となるカジノへ急ぎます。こういう場所は普通の会館とは違って扉を開けたらすぐ舞台、といかないのが大変なところ・・・
なので、公演の前日に道具の搬入出を来ることはとっても有り難いことです。
それにしても今回の経路はいつにも増して遠い・・・・。

まず、トラックが止めてある道路から搬入用のエレベーターまで300m程のくねくね道を通過、途中には大きなゴミ置き場があってちょっと息を止めてダッシュ!
エレベーターを上がってから更に500m、右へ左へと微妙に舵取りをしながら進んで行くのですが、ホテルの廊下は遠いだけでなく沢山の難関が待ち受けていました・・・・。


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大きな製氷機やダンサーが上で踊れるような丸い舞台、階段、ルーレット?みたいな物まで上手く壁際に置いてあるのですが何せ太鼓のサイズが大きいので、四苦八苦しながらやっとの思いで舞台に到着。


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合計800mの道のりを、太鼓と音響照明の機材と舞台関係の大道具を何十回と往復しました。5時50分から始まって終了したのは何と8時20分、通常の搬入の2.5倍の時間がかかっていました。
携帯電話の歩数計によると14690歩、距離にすると7.9?という記録になりました。いやはや、本当に歩き疲れました。

はい、今日はここまで!みなさん、おつかれさまでした?。

明日は屋外での写真撮影とラジオ出演、明後日は朝からTVの生放送の後お昼にメディアの撮影会があっていよいよメルボルンでの公演がスタートします。
日本から運ばれている舞台道具が全てセッティング出来るので、誰にとっても楽しみな一週間が始まります!

2010年7月13日

today

本田篤芳


 7月2日 AM:4時30分ホテルのロビーに集合したメンバーはベンチコートで身を包み公演会場へ向かった。外はまだ薄暗く空気は冷え込んでいた。


何故、こんな早朝にホテルを出たかというと、今日この後、放送される「today」というテレビ番組にTAOが生出演するからである。
この番組は日本でいう、目ざましテレビのようなもので、毎朝5時30分からオーストラリア全土へと放送されている。今回は番組の中の天気予報と共にTAOのライブが生中継されることになっている。
芸能やスポーツと多くあるコーナーの中で天気予報は特に視聴率が高いとのこと、明け方5:30から9:00まで放送のうち天気予報は6回、つまりTAOは6パターンの演奏内容でそれぞれ3分以内に収めなければいけなかった。


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 気になる第1回目は「FESTA」。始めに現地レポーターとカメラマンも舞台に上がり、スタンバイしているメンバーの前でTAOの説明。実はこのレポーター、オーストラリアではかなり有名な人で、例えば、「とくダネ」に出演している小倉さんに並ぶほど人気のある人だそう。彼はただ単に太鼓を叩くだけではないTAOの魅力をカメラに向かって熱烈に伝えてくれた。
その熱意に応えるかの様に番組プロデューサーのQで演奏スタート。
朝5:30という時間にも関わらずスカッとした気持ちで演奏できた。


 2回目はTAOの楽曲をミックスした曲で、4月に日本のテレビ番組「ミュージックアワー」に出演した時と同じバージョンの演奏した。その撮影中の出来事でしたが、構えてスタンバイしている時に、レポーターに続いてカメラマンが僕の前を通過、目の前にあるテレビカメラが僕の顔を凝視しているのに対し、構えている状態の僕はなす術なく固まり、ついには瞬きすらできずにいた。海外ツアーに参加させてもらうようになり、ここ最近カメラを前にする機械が多くなったけど、僕は先輩と比べてまだまだカメラ慣れしていないようだ。


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 ツアーマネージャーの愛さんが水藤リーダーと番組プロデューサーとの間で上手くコミュニケートしてくれたおかげあって、その後の撮影も順調に進み、6回目最終撮影はTAOの十八番「大祭」で締めくくり。
テレビを見ている多くの人たちは今、どんな衝撃を受け、どんな気持ちで仕事場や学校へ向かっているのだろうか…。
約3時間半に及ぶ撮影は無事に終了し、メンバーとスタッフの間に拍手が沸き、冷え込んでいた会館の中もその時だけは暖かい雰囲気に包まれた。熱意を込めてTAOの紹介をしてくれたレポーターとスタッフに感謝!


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この後、夜8時から、ここアデレードの会館で本当の本番が控えている。
一旦ホテルへ戻り朝食を済ませた後、TAOのメンバーはコンディションを整え直して公演会場へと再出発した。

P.S
これを機に、8月に日田で行われるライブ収録までにはカメラ慣れしておくことが僕の課題の一つとなった。

2010年7月 7日

ジャンプ!

岩谷あすか


オーストラリアは冬だというのに、太陽が眩しく、雲一つない青空が広がっている。私はこの空が大好きだ。
パースの街は特にこの景色が印象的で、2年前の事をしっかりと覚えている。皆も同じらしく、街の行く所々が懐かしくて話が弾んだ。
ここには海と言っていいほどの大きな川、「スワン川」があり、その川の横を今回の早朝ランニングコースに選んだ。
毎朝、空は淡い紫色から深い青へとグラデーションされ、川は朝日に照らされキラキラと光り始める、とても美しい光景だ。
この光景を見ながら冷たい風を切って走る。とても気持ちがいい。

実は日本を発つ前、私に新しい課題が与えられた。それは夢幻響で高さ1m20?の台上から飛び下りるという演出。
5月、日本ツアーの最中にプロデューサーから「ちょっと飛んでみろ」と言われ、飛んでみた。「うん、飛べるな」という言葉を頂いて、私は少し安心してしまったのだろう。そのままオーストラリアへ向かってしまった。
パース初日、その夢幻響のジャンプを見てもらうことになった。
その日から私はジャンプして観客の目の前まで行けるはずだった・・・・
しかし、私の考えが甘かった事に気付かされた。 
「怖がっている」「女の子というのが出ている」「男性の中に混ざるのだから、男性に負けない物を表現しないと」今のままでは厳しい。
と沢山の駄目出しがあった。
夢幻響のラスト。気持ちも体もパンプアップした男性陣の中に私が飛び込むのである。確かにただ飛び降りるのとは違う。身長も体の作りも全然違う・・・そこを補うオーラが必要だった。

 高校時代に膝の靭帯を切ってしまった、それが原因で「怖い」という気持ちが出てしまい、格好良く飛べない・・・。
この膝に自信が無いのだ。それなら膝を鍛えて自信が持てればきっと格好良く飛ぶことが出来る!これを今回のランニングのテーマに掲げた。足腰を強くして、膝のサポートをし、更に膝の筋肉を鍛える。
そこに意識しながら毎朝、太郎さんと一緒にランニングをしている。
なかなかついていけない・・・
朝御飯の前に約1時間、川沿いに太郎さんの背中を追いかけ走る!走る!
そして会館に入って空いた時間には、飛ぶ!飛ぶ!
飛んでいると、たまたま通りがかった、先輩から「まだ膝をかばっている」と言われ、まだダメかぁ・・・
いや、落ち込んでいる暇はない!
まだ、オーストラリアに来て1回も飛べていないのだ。悔しい、もっと足腰を鍛え、自信をつけて絶対に男性に負けないオーラを出してやる。
 長いようで短い1ヶ月。この1ヶ月を濃いものにするのは私次第。
何をするにも毎日続けることが大切、続けることでそれが習慣になり、自分のものになっていく。土台を作り、ぶれない自分を作り上げて行く。
一段一段踏みしめ、登った先には高く遠くジャンプする私がいるはずだ。


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2010年7月 7日

「縫ってます」

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あちこちで衣装をつくる。
調べ物用のパソコン一台、スケッチブック一冊、鉛筆、筆ペンにお気に入りのマーカーと色鉛筆。裁断ばさみに針と糸。これさえあれば色々な場所が私の作業場になる。
今回はミシンが無いので手縫いで頑張る事になるけど、たまにはこれも楽しいね。

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衣装は勿論事前に準備してあるものだけれど、
楽曲同様気になる部分が出てくれば、その都度修正は当然の事。

オーストラリアでの衣装は、アメリカからそのままこちらに送られているので、「浮世夢幻打楽?壱の絵巻?」の衣装。しかし、オーストラリアの舞台構成は、弐の絵巻に近い。
出発前にプロデューサーと、オーストラリアツアーの衣装の流れについて相談した。
楽曲の変更に伴い、衣装のストーリーをどう位置づけていくかという事も舞台の重要な要素になる。実際に海外に送られている衣装で、今回の海外バージョン?二の絵巻?の衣装提案をプロデューサーに提出した。私も心配していた通り、インパクトが無く、華やかさに欠けるのではないか、という意見だった。

そこで、提案があった。
2部のソロパートのシーンで、侍が一人ずつイメージを変えて出て来るというような雰囲気を作ったら?!・・と。
時間もないので大幅な修正ではなく、小物でアクセントを加え表現するように。との指示があった。

出発ギリギリだったので、ある程度裁断した材料を持ってこの地へ。
まずは、デザインを起こし小物を作っていたのだけど、
どうも、現状の衣装に馴染まない。馴染ませようとすると、結局の所狙った変化が見られなくなってしまう。何度も、公演のビデオを見返すけどやはり心配していた所は雰囲気がちょっと暗い・・・・。これじゃダメだ。
せっかくの演奏や、演技、舞台の雰囲気作りの足を引っ張っている。
現状でもお客さんは喜んでくれているけれど、早くどうにかしなくては・・・。
求められるストーリーをより明確に伝えられるように。観ている人がより心を揺さぶられるように。演奏者がより輝くように。衣装はそんな手助けにならなくてはならない。
色々な試行錯誤の上、結局衣装本体も変更する事にした。
という事で、またここでも、ちまちま・・・あっ、チクチク縫っています(笑)。

以前の私だったら、ツアー中に衣装を縫うなんて事はできなかったなぁ。と思う。
色々な事を言い訳にしていた。今は、後輩の成長や考え方の変化など、自分の外も中も少しずつ環境が変わり、楽しんでやらせてもらえるようになった。
2年に一度、3度目のオーストラリアツアー。
変わらない皆さんの愛情に迎えられながら、変わっている部分を感じ幸せに思うのでした。

何度も言うけど、この環境に本当に感謝している。
そして、ここに満足する事なく、更に良い舞台を求めて突き進んで行きたい。
あ?。早く新しい衣装を着てもらいたい。


・・・その後、アデレードの会館にミシン発見!!
随分使われてないようで、ホコリまみれだったけど、
調整してなんとか使える様に!!!
「たまには手縫いも楽しいね?。」なんて言ってたけど、やっぱりミシンはありがたい?(笑)。
お陰で、凄い勢いで完成へと進んでいます(^∀^)♪


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グルグルマキ

2010年7月 2日

人間力

7月1日 西 亜里沙


今日の予定はAM11:00から舞台の設営開始、PM13:30からプロモーションの演奏。私達はAM9:30から会館に入り、プロモーション用の演奏の手合わせを行っていた。
搬入開始予定のAM11:00。トラックが来ない・・・・!?
取りあえず出来る事からやろう!と皆それぞれに化粧をしたり、髪型を整えたり・・・

PM12:00まだ来ない、電話の連絡も繋がらない・・・・
プロモーション演奏スタートまで後1時間30分も無い・・・いったいどうなる?
衣装もトラックの中、これ以上やっておける事は無い、祈る事ぐらい・・・。

PM12:30を過ぎ、やっとトラックが到着。
皆トラックに駆け寄る、舞台セットも組むつもりだったが、到底それは無理。とにかくプロモーション演奏で必要な楽器と衣装をトラックから出してメンテナンスをしなくてはならない。
会館の人も一緒になって走り回った。途中、会館の人が舞台セットに指を挟んで出血してしまう、というトラブルも起こり、空気が張りつめる。
トラックの中の整理をする人、メンテナンスを始める人、幕を吊りバミリをする人、それぞれが一気に動き出し、至る所で指示が飛び交う。
こういうピンチの時、皆とても頼もしく格好良く見える・・・。

PM13:30ついさっきまでジャージ姿で必死に走り回っていた人達は何処へ消えてしまったのか?
衣装に身を包んだメンバー13人は、もう舞台人の表情でカメラに向かっていた。

そしてPM14:00過ぎ、無事にプロモーション撮影は終了。舞台が組めなかったのはとても残念だったけど、カメラのアングルを変えて対処してもらった。
毎回の事ながら、アクシデントは日常茶飯事。以前の私達なら「どうする?間に合わない!」と焦って、イライラしていただろう。
でも、今ではどんな事がおこっても対処出来る自信がある。
改めて人間って凄いなと思った。やれば出来る。
TAOに入って一番驚いた事だ。「限界」ってどこなのだろう?やれない事ってあるのだろうか?
プロモーションを終え、昼食を食べながら、ホッとしている皆がいる。
明日は早朝AM5:30から30分置きに6回、生番組の出演がある。その為に、舞台の設営、全ての太鼓、衣装のメンテナンス、サウンドチェックまで終えておかなければならない。仕込みはまだまだ続いた・・・。
あっという間に一日が終わりホテルの部屋に戻る。
明日の朝、ホテル出発はAM4:20。
お気に入りの音楽を聞きながら深い睡眠をとって、明日のプロモーションに備えよう・・・
この「ウェルビーイング・シリーズ」かなりお薦めです!凄く癒されます。
明日は朝のテレビ番組。清々しく爽やかに演奏したいと思います!!
それでは、おやすみなさい。


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2010年7月 2日

怪我の功名

岸野 央明

海外での生活で私が一番苦労しているのは、意外にも食事やコミュニケーションではなく、ずばり湿度だ。極度の乾燥肌の私は日本の気候にしか対応出来ず、海外では必ず、多種多様な保湿製品を肌身離さず持ち歩いている。とても面倒な体質ではあるが、人一倍湿度に敏感な為、太鼓のコンディションにも敏感になれるところだけは役に立つので気に入っている。


 太鼓の皮も、人間の皮膚と一緒で適度な状態を保っておかないとトラブルの原因になる。どんなに良い楽器であってもメンテナンス次第では、使い物にならなくなってしまうことだってありえる。ちょっとした環境の変化で、皮が板のように固くなったり、段ボールのようにふにゃふにゃになったり、そうなってしまっては、どんな名プレイヤーであっても音を響かすことは出来ない。 《弘法筆を選ばず》とはいうが太鼓はそういうわけにはいかない。
初めて太鼓の音を聞く人に、日本の伝統的な楽器がこんな物かと思われては職人さんに申し訳ない。だいいち悔しくて眠れない。ドンという和太鼓特有の地をはうような重低音があってこそ、私たちは胸を張って演奏することが出来るし、観客の心をつかみ、揺さぶることが出来るのだ。 

 
 打てば響くという言葉の通り、小さな子供や腕の細い女性が叩いても音は出る。しかし、問題はそれがどういう音かだ。私たちが目指している理想的な音を出すには、打ち手の鍛錬、バチの選定はもちろんのことだが、太鼓のメンテナンスもそれと同じくらい重要で、それはその時、その場所によって様々に変わってくる。だからどんな環境にも対応出来るように、毎日試行錯誤を繰り返しているのだ。
良い演奏をし、TAOの魅力を伝えるのはもちろんだが、同時に楽器自体の素晴らしさを世界中の人に伝えることで、日本という遠く離れた島国に興味を持ってもらう。
それも私たちの役割だと思っている。


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2010年7月 1日

意外なお客様!

6月29日 西 亜里沙


日本は梅雨に入り、毎日激しい雷雨が続いているとインターネットで見ましたが、皆さん大丈夫ですか?
こちらオーストラリアは、年間通して雨量が少なく、水不足だそうです。私達がオーストラリアに来て早くも2週間が過ぎてしまいましたが、その間雨天は2日間、しかもすぐに小雨になってしまう程度、オーストラリアの人達は、恵みの雨だと喜んでいました。

今、私達はBunburyという街に来ています。ここはパースから南に約180km、車で2時間の所に位置する海沿いの街です。最近は野生のイルカと出会える街として知られるようになってきたそうです。
朝は朝焼けが美しく、昼間は真っ青な空が広がり、夕方になると夕日が雲を染め、黄金に輝く太陽が静かに、堂々と海の向こうに沈んでいきます。

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ホテル近くの砂浜に降りると、雷か打ち上げ花火のように波の轟が響き渡り、力強く押し寄せては返るその音は、癒されるというより、強い大自然のパワーをもらいました。
こちらの季節は冬です。太陽が照りつける昼間は、Tシャツでも過ごせる程暖かいのですが、太陽が沈んでしまうと一気に冷え込み、夜はもこもこのフリースパジャマを着込み、暖房を入れて過ごしています。

このオーストラリアで私達は、海外初の「浮世夢幻打楽?弐の絵巻?海外バージョン」を楽しませてもらっています。現地スタッフは舞台袖でニコニコしながらノリノリ。観客も、アンコールのQUEENではスタンディングで手拍子、踊りながら楽しんでくれています。
少し前になりますが、パース最終日、観客の中に珍しいお客様が来て下さっていたので、紹介したいと思います。

「ポリスアカデミー」って映画をご覧になられたことはありますか?
その出演者でラベル・ジョーンズ役のMicheal Winslowさんが見に来てくれました。今は「ポリスアカデミー8」の撮影中だそうです。
更に「Twilight」ってご覧になられました?
こちらはちょうど「Twilight3」が発表になって話題になっていると思いますが、その出演者で狼男のリーダー、サム役をしていましたChafke Spencerさんが来て下さいました。オーストラリアの広報を担当してくれているライオネルが、それぞれイベントでパースに来ていた二人を連れて来てくれました。
二人とも凄く気さくな方で、凄く楽しかった!と太鼓にも興味津々、終演後には舞台まで挨拶に来て下さいました。
「また何処かで会えたらいいですね」なんて話しながら写真を撮らせて頂きました。やっぱり、かっこいいですね!(笑)
Chafke Spencerさんはちょっとシャイな感じで、Micheal Winslowさんは得意の効果音で楽しませてくれ、この太鼓の音をどうやって真似しようかなぁなんて言っていました。
    
明日は飛行機でオーストラリア第5の都市、Adelaideへ移動します。
また、近況報告致します!


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2010年6月30日

2年ぶりのAustraliaでの懐かしい人々との再会

原口 純一 2010.6.28


一月半にわたる浮世夢幻打楽?弐の絵巻?全国公演も無事終了しました。たくさんのご来場ありがとうございました。そして僕たちは早速、全国公演作品を引き下げ、オーストラリア(以後OZ)の地に降り立った。

青く透き通った空。高層ビルが立ち並ぶ町に隣接する緑豊かな木々たち。その全てが懐かしく2年前を思い出させてくれた。Yellowだったあの頃、何もわからず、とにかくひたすらに走りまわって、汗を流し、先輩のまねばかりしていた…
そんなことを思い出しながらOZツアーは幕を開けた。

ツアーも初日があけ、次の公演先はPerth。PerthはOZで4番目に日本人の滞在者が多い町。確かに観光雑誌には日本語版があるし、町にもジャパレスがかなり多く、いたるところに看板が見受けられる。

そんなPerthでの公演終了後、懐かしい人々と再会することができた。その方はOZの日本大使館にお勤めになられている福本さん御一家。2年前、OZジャーナリストの紹介でお食事したことがきっかけで親しくなった。その方々が終演後、楽屋に挨拶に来てくださった。(日本ではよくある光景なのだが、海外での楽屋来客と言うのはなんだか変な感じ…笑)
2年前とは全く違った舞台で、今回も最高のショーをありがとうございました。と、最高の笑顔で僕らに話しかけてきてくれた福本さん。ここPerthにはあまり日本からのアーティストが来ることが無いらしく、エンターテイメントショーなんて久しぶりでと、終始笑顔でした。息子さんも日本語が話せるのだが、恥ずかしいらしくちょっと控えめだった。
それでも最後にみんなで写真を撮った時には、とてもうれしそうに微笑んでくれていました。
後日、福本さんから届いたメールに、
「息子も皆さんから頂いた感動や、サインや写真の数々が一生の宝物となるでしょう。」
と、その言葉をいただいたとき、改めてこの仕事に誇りを持った。

日本のみならず異国の地でも、人々に感動や勇気を与えられる。そんな仕事にはそう出会えるわけではない。でも僕らはそんな仕事にめぐり合い世界中を旅して公演している。エンターテイナーの1番のやり甲斐はそこだと思った。
今より数多くの人々にこの感動を届けられるよう、日々努力していきたい。

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2010年6月30日

Welcome to Australia!!

6月27日 黒柳夏子


2年ぶりのオーストラリアツアーが始まりました!!
目に映るのは懐かしい風景ばかりで、2年も経っているなんて思えないくらい鮮明に記憶が蘇って来ます。「あの店まだあるかなぁ・・・」と思いながら歩いた先に懐かしい看板なんかが見えて来ると、ちょっと嬉しくなります。
でも何を見た時が、一番懐かしさを感じるかというと・・それは、勿論これです。↓


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世界各地で私を待ってくれているものと言えば、この子達です。
オーストラリアツアーでは、このカセットコンロ二台で常に屋外で調理しています。
宮沢賢治の様に雨にもマケズ風にもマケズ、冬のオーストラリアの寒さにも負けずに、毎日を頑張っている私です。

さてさてパースでは連続5日間の公演があり、初日には嬉しいお客様達が沢山いらっしゃいました!二年前に一緒にバーベキューさせて頂いた懐かしの皆さんが、私達の公演を見に来て下さいました。
演奏終了後には楽屋へ皆さん足を運んで下さって、しばしの語らいの時間。
皆さん、今回の作品が素晴らしいと口々にちょっと興奮気味で話してくださいました。


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興奮冷めやらぬなか、記念写真をぱちり。


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「明日は奥さんが来ますんで、宜しくおねがいします。」
「金曜日には友人夫婦が、見に来ます。」
こんな言葉も沢山頂いて、世界中で私達を待ってくれている人たちがこんなにいるんだなと改めて実感しました。

そして、昨日パースの最後の公演の日、忙しい片付けの合間に私達が大好きな彼女と写真を撮りました。毎日劇場に通ってくれた彼女は『弐の絵巻』を初めて見たとき「今回の作品が今までで一番好きだわ!」と、極上の笑顔で皆にhugをして回ってくれました。彼女の名前はマリー、西オーストラリア方面の広報を担当してくれている本当に素敵な女性で皆の憧れのお姉さん的な存在です。
アリサ姫なんかは、「もう、本当に可愛い!!あんな風になりたい!」と大興奮でした。


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今回のオーストラリアツアーは1日毎に各地を転々とするのではなく、何日間かそこで公演をするスタイルが多くなっています。だからこそ、今日の公演が良ければ明日の集客人数に反映する・・・筈なのです。明日もここであるなら、もう一度見に来たい!毎日でも見たいそう思ってもらえる感動を作れる演奏者にならないといけないのです。 近い未来、ツアーではなく自分たちの常設劇場で毎日演奏が出来る様になったときにも、常に高い目標意識をもって毎日の演奏が出来るかが重要になる、そんな時が必ずやって来ます。そんな事も見据えて今回のツアーは頑張らなくっちゃなぁ、と思っています。いつも私達の演奏を聴いているスタッフ達はもちろん、演奏者自身が常に感動出来る演奏を目指して頑張ります。
 そして、同じ劇場で出来るという事で練習時間が割合に取れるんです。これが本当に有り難い!劇場という空間は本当に特別なモノで、やはりそこで練習出来るのが一番有効的です。「どど?ん」と太鼓を叩いても、客席や天井の高さがないと音の伸びとかが全く変わってしまうのです。本番により近い形での稽古が出来るので、「弐の絵巻」は凄い進化速度で生まれ変わっていくかもしれませんね・・・
 充実していると時間なんてあっという間に過ぎてしまう事は、たっぷり経験しましたから悔いが残らないツアーにする為にも、全力で頑張ります。

 皆が毎日頑張れる様に、新しいメニューとも格闘中です・・・これが一番厄介なんですけどね・・・ 簡単美味しいレシピ、誰か教えてくださーい!!

2010年6月30日

津軽三味線でご挨拶?

6月28日 佐藤 和哉

目が覚めると、外はまだ暗かった。見慣れない仕組みの鍵を解いて窓を開けると、少し肌寒い空気がスッと流れ込み、心地よい波の音が耳の底をくすぐる。
ここはマンデュラー。オーストラリアの西の端に位置する、海辺のリゾート地だ。


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日本は初夏で暖かい時期だが、南半球は季節が逆転するため、今は初冬になる。とはいっても、ここマンデュラーは比較的暖かく、沖縄の冬を思わせる空気で、Tシャツに上着を一枚はおれば十分過ごせる程度の気温だった。早速、最近常に持ち歩くようになった相棒の津軽三味線を手に、外に出てみることにした。
三味線の練習はどこでもできるわけではない。結構鋭い音がするため、ちゃんと人に迷惑がかからないような場所を探さなければならない。今日の街は海辺のリゾート地なので、いい場所がありそうだと思っていたら、案の定ホテルの裏から少し歩いた海辺に手頃な場所があった。テトラポット代わりに岩を重ねて埋め立てた堤防だ。民家やホテルも近すぎず、砂浜から海に向かって少し突き出た形になっている。ここなら思い切り弾いても誰にも迷惑はかからなさそうである。早速、安定した足場を確保して姿勢を正し、まずは一掻き。
"たぁーん‥‥"
日本で弾いた時よりも、少し曇った音がした。三味線も太鼓同様、動物の皮が張られた楽器のため、気温や湿度の変化に影響を受けやすい。いい音を出してやるには、少し慣らしてやる必要があるようだ。指慣らしもかねて津軽じょんから節を弾いてみる。この地から遠く離れた、日本の寒さ厳しい北の大地で育まれてきた歴史を持つこの津軽三味線の鋭い音‥‥リゾート地には似合わないが、海には不思議とよく似合う。音をしっかり紡ぐことに神経を研ぎすまし、糸を掻き鳴らしていた、その時である。

"ザヴァッ!"

何か大きなものがすぐ目の前の海面を乱した。ちょっと驚いた。魚?にしては大きすぎる‥‥思わず手を止めて目を凝らすと、5メートルほど先をツヤツヤしたグレーの三角形が海面を切り裂いているのが見えた。
イルカだ!一瞬サメかとも思ったが、うっすらと水面下に見えた細くて丸いクチバシは、まぎれもなくイルカだった。水族館などでは見たことがあるが、野生のイルカを見るのは初めてだ。イルカは群れでいることが多いと聞いていたが、見たところ一頭しかいない。三味線の音を仲間の声とでも思って寄ってきたのか、はたまた、聞き慣れない三味線の音に興味を持って、遊びにきてくれたのか。いずれにせよ、明らかにこっちを意識しているようで、ぐるぐると目の前を泳ぎ回っている。せっかくなので、なんとなく三味線で、前にテレビかなんかで聞いたことのあるイルカの鳴き声をまねてみた。
"チュィーーン‥‥クゥオンクォン‥‥クィックィッ‥‥"
挨拶っぽくやってみたつもりだったが、全く伝わってないようだ。まぁ、そりゃそうだ(笑)。ともあれ、嬉しい出会いである。気ままに海を泳ぎ回る姿に見とれていたのも束の間、イルカは沖に消えていってしまった。
楽器はやっぱりおもしろい。言語も文化も人種も飛び越えて感動を分かち合えるだけでなく、動物だって寄ってきた。今回は実力不足で、音に気持ちを乗せてイルカに伝えることはできなかったが、もっと巧くなって、もっと音に気持ちを自由に乗せて表現できるようになったら、もしかしたら次に遇った時はなにか別の反応が返ってくるかもしれない。観客の胸を打つ三味線の演奏というのは、きっとその延長線上にあるのではないかと思う。
三味線は今一歩抜きん出たところが足りない僕にとって掛け替えのない新しい武器だ。TAOの中で不動のポジションを獲得すべく、心を込めた音を表現できるようになりたい。


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2010年6月28日

太陽輝くパースにて・・・

6月26日 滝 良平

昨日、嬉しい出来事があった。
本番30分前、現地照明のスティーブンから僕だけに突然のプレゼントがあったのだ。
それは胸元に「NO Worries」と書かれた黒いTシャツ。日本語に訳すと「大丈夫だよ」とか、「どうにかなるさ」という意味だ。この言葉はオーストラリアの1番代表的な言葉で、ある意味オーストラリアの国民性を表していると言っても過言ではない。
そのTシャツをなぜ俺に?と思ったのだけれど、スティーブンはとにかくそれを僕に差し出し、ほとんど何も言わず、満面の笑顔だけを僕に残して立ち去っていったのだ。

スティーブンを僕の所にエスコートしてきたTAOクルーの八木さんによると、スティーブンは僕にとにかくこの言葉を捧げたいのだと言って来たらしい。
(ちなみに八木さんは英語があまり得意ではない)

理由を聞いてもまだあまりピンとこずにいると、一緒に楽屋にいた江良くんが「スティーブンは他の曲は見たり、見なかったりなんですけど、大太鼓だけは毎日絶対欠かさず最初から最後まで舞台袖から見ているんですよ。多分毎日ハードな事をして大変だから、その言葉で気持ちだけでも楽になってほしかったんじゃないですか。」と教えてくれた。

そう聞いて思い返してみると、スティーブンは僕が大太鼓を終えて舞台袖に帰ると必ずタオルを持って出迎えてくれている。しかも2年前のツアーの時からそれをずっとしてくれているのだ。
いつも、ありがとうだけを言って何気なく受け取っていたが、演奏をじっくりと見てくれていたとは正直思いもよらなかった。
意外な事実になんだか嬉しくなって、スティーブンから貰ったTシャツを早速着てみた。
薄くてごく普通のTシャツだったけれど、人の優しさがこもっていてとても温かく感じられた。


僕だけに限らずTAOはいつも海外に来るとまず現地クルーに驚かれる。
何に驚かれるかと言ったら、TAOの生活すべてなのだそうだ。
まず大体のエンターテイメント集団はパフォーマー、大道具、衣装、舞台管理 、食事作りなどすべての仕事がしっかりと区分けされていて、そこにその専門の人がいるという形をとっているのだが、TAOはそれを皆でカバーしながら全員で行い、しかも確実により良い仕事を行っているというのだ。
それと、どんなに過密なスケジュールの中でも、絶対にトレーニングを怠らないという点で、チーム全体が一つの目標に向かっているという姿勢が目にみてわかるとも言っていた。

ある海外クルーに至っては「なぜそんなにストイックになれるんだ?」と半ばあきれた表情で疑問を投げかけられたこともあった。
しかし僕たち自身、自分達がしていることが決してストイックだとは思っていない。
むしろ、言い方が変かもしれないがそうすることが楽しいと思っている。
それは他人からみたらストイックな生活をすることで、人に感動を与える何かが生まれるからだ。
人に感動を与えることを仕事にして、それをこの先何年何十年と続けられるとしたら、こんなに素晴らしい人生は他にはない。
世の中には色んな生き方があるけれど、僕は一生人に感動を与えることをして生きて行きたいと思っている。

今日はパースでの五日間連続公演の最終日。昨日よりももっと良いステージに出来ることだけを考えて、いざ会館へと出発します。


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2010年6月24日

浮世の風

江良 拓哉
2010/6/21


オーストラリアで、こんなに盛り上がった公演は過去にあっただろうか!?
オールスタンディングと盛大な拍手は僕らの新しいステージ[浮世夢幻打楽?弐の絵巻?]を暖かく歓迎してくれた。海外初のお披露目である。


今回初日を迎えたのはマンデュラという町。透き通った湖に、反射して映る閑静な住宅街。波止場に浮かぶボート。隣接したデッキの上を犬と一緒に散歩している夫婦。オープンカフェの近くを通れば、清々しい空気にコーヒー豆の香りがほのかに漂ってきた。まさに誰もが思い浮かぶリゾート地といったような所。本気で住んでみたい、とつくづく思う・・・。


本番当日の朝・・・。
朝食を済ませ、日本からバッグに忍ばせて来たグロスミンを飲み(笑)、慌ただしく会館へ向った。
昨日からの仕込みで、僕達の舞台設営はほぼ終わっていた。
しかし、照明や音響の機材は使い慣れていない現地の機材を使わなければならなかった。
日本から僕達と一緒に来てくれたTAOのテクニカルスタッフは休む間もなく膨大な作業をこなし、まだTAOの新しいショーを見た事が無い現地のスタッフに様々な指示を出すのにかなりの時間を要した。
ステージの空間にはピリピリとした空気が流れていた。
ステージを使えない僕たちは今回のために新しく編曲された部分の手合わせや、遥か遠くアメリカから渡ってきた楽器等のメンテナンスに追われた。
時間はどんどん過ぎて行く、本番まで時間が無い…。
誰もがそう思いつつ、自分に課せられた作業をとにかく急いでこなしていく。
予定していたリハーサルの時間は徐々に削られ、焦りと苛立ちを隠しきれない。
舞台の設営が終わり、サウンドチェックが終了した頃には、本番まであと一時間を切っていた。
とうとうリハーサルは出来なかった・・・。


本番十分前。
水藤リーダーが皆にこう言った。
水「気がついた事があれば、こっち(海外)のスタッフを含め、みんなでフォローしてくれ!まだやれてない事(リハーサル)もあるけど、失敗や間違いは気にするな!!気持ちを忘れないように!!!今の君たちなら出来る!!宜しくな!」
水「どっせいやーーー」
全員「どん!!どん!!」(円陣を組み、いつもやっているかけ声である・・・)


本番前五分。
その時の気持ちは、緊張というよりワクワクしていた。
(今度のステージは気に入ってもらえるだろうか?)
というより、
(絶対に満足させてやる!)
だった。
結果的に駄目だしはたくさんあるものの、いい初日を迎えられたと思う。


メンバーの中に本田あつよしという団員がいる。
先月レギュラーに昇格したばかりだ。今回オーストラリアでは新しいポジションを獲得していたのだが、リハーサルも出来ずに本番を迎える事になった。
多少の失敗はあったものの、よく頑張ったと思う。本番前の緊張した表情から、
演奏が始まってがむしゃらな表情に変わっていった彼に、僕は昔の自分を見ているようで、嬉しさと頼もしさも感じ、力づけられた。


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今日はパースでOFFを過ごしている。
六月のツアー中、ブログの更新が出来なかったな、と思いながら書いてみた(笑)
明日からパースでの一週間公演が始まる。
一体どんな【浮世の風】(※ことわざ)を吹かせようか、ワクワクしている。


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