5月12日「パトリア日田」にて、新作「浮世夢幻打楽ー参の絵巻ー」の初披露を行った。
この作品は今年、九州ツアーを皮切りに、東京・横浜、シンガポールで上演され、秋には東北を含む日本全国ツアーへと上演されていく。
なんと今年、日本だけでも120公演が予定されている。
更には2012年1月より、3ヵ月間の全米ツアーでも上演されていく予定だ。
さて、その大切な舞台作品の初日はどうだったのか?
一言で言えば、「本当に素晴らしい公演だった!」である。
初日にこれほど完璧に近い公演ができたことは過去に経験がない。
私は公演終了直後から、溢れ出す涙を抑えることができず、人目を避けるように外へ逃げ出してしまった。
何故、こんなにも泣くのか?分からない!
この初めての感覚にどうする術もなく、その理由を自問自答していた。
「新作舞台に自分自身が感動してしまったのか?」
「いや、なんか違う。」
被災者へ何もできなかった自分への嫌悪感か?
「これも違う気がする。」
なかなか言葉として表現できないが、メンバーの顔が見られないほど泣きじゃくっていた。
楽屋へ帰ることもできず、冷静さを取り戻すために楽屋裏の喫煙所へ外から遠回りをして行った。
ちょうどそこには照明デザインの八木君がいた。
「修正点は沢山ありますが、如何だったでしょうか?」
彼は真摯にダメだしを求めてきた。
「いや、何もないよ!本当に素晴らしかったよ!」
「あ・り・が・と・う」
顔を合わせることができないので、うつむいたまま答えた。
こんなセリフを吐いたことは初めてだし、自分自身でも驚いてしまったが、八木君の顔を見上げた時、彼の誇らしげで喜びに満ちた笑顔が何とも言えなかった。
そして、今の感情が何なのか?の答えが突然出てきた。
そうだ、この涙は、TAOのメンバー、そしてスタッフ全員に対する感謝の気持ちだったんだ。
それを素直に表現できず、心が泣いていたんだ。
3月11日のあの震災から今まで、経験したことのない虚脱感が、自分自身に襲い掛かり、どんなに言い訳をしても罪悪感から逃れられないでいた。
「TAOは日本の元気になる!」と、スローガンを掲げて自分自身をも鼓舞しようとしていたが、毎日毎日が苦しみの連続だった。
こんなに辛いなら、作品作りを止めて被災地へ行けばいいんだ!
と、何度思ったことか・・・
しかし、その思いの都度に、最終的な答えは「作品づくりに没頭しろ!」だった。
何もできない自分への言い訳か?と感じながらも、自分を、メンバーを、スタッフを、奮い立たせてきた。
この2ヵ月間、本当に過酷な時間を共に過ごしてきた。
妻帯者は一度も家に帰らず、誰一人としても休みも取らず、1日20時間はひたすら制作を続けた。
この作品のスローガンは、それだけ我々を追い詰め、本物であるかを試したんだろうと思った。
耐え忍んだのではない!
絶対に創り上げるんだ!
ただその一念だった。
何度も何度も己の才能の無さに、嘆き、苦しみ、喘いできた。
「もう、ダメだ!!」と諦めそうになった時、必ずといって、東北の大切な仲間たちの顔が浮かんできた。
彼らに比べて自分の苦しみなんて屁みたいなもんだ!
そう自分に言い聞かせながら、
「新作、参の絵巻は、あなた達のための作品です!」と言える日を夢見て頑張り続けてきた。
そしてこの作品は、今の日本を元気にするため、世界へ日本の元気を伝えるために上演されていく。
中途半端な作品は絶対に作れるはずもない。
そしてその思いは、一昨夜見事に達成された。
本当に素晴らしい初日だった!
これまで17年間のすべての公演の中で、最高の出来と言っても過言ではない。
TAOにしかできない作品を、このメンバーでしかできない楽曲を創り上げることができた。
私の楽曲イメージを具体化してくれた亜里沙は、挫折と挑戦の連続だった。
水藤君は、没になった譜面の数々に埋もれていた。
岸野君は、「今までの全てを壊し、全く新しい楽曲を作る!」というテーマの基、泣かない男が泣いていた。
次々と新曲を作り込む滝君は、苦しむ仲間を助けながら、新居となった自分の家すら知らない。
新しいパフォーマンスに燃える太郎君と谷中君の稽古姿に大いに笑い、
シンゴと江良君の百に一つしかないアイディアをもらい、
純君も本田君も大矢君も必死になってついて来ていた。
感性豊かな麻記さんは、突っ走り過ぎて一番順調だったが、最後には没だらけとなり、まーだ諦めないで戦い続けている。
キーコは、今回の準主役的な役に抜擢されながら、常にマイペースでいた。
あすかは、麻記さんの最大の犠牲者でありながら、新曲をしっかりとこなしていた。
夏子は、みんなの健康管理と美味しい食事を提供してくれた。
和哉君・山口君・政所君・渡辺君・岩谷君・中田君は、北島50周年公演に出演するため、参の絵巻に出演できない悔しさで泣いていた。
津田君・山本君・生越君・枝元君・渡司君の新人は、先輩のお世話をしながら、必死に基本稽古に励んでいた。
入社したばかりの稲尾君は、東京で20年もメジャーアーティストの舞台監督をしていた英知を駆使して、東京の舞台製作会社とのやり取りをしてくれた。
舞台デザインの西君は、膨大な仕事の中でも、一つも妥協することなく、次々と素晴らしいデザインを描いていった。
プロデューサーの篠原くんは、新しいマーケットの開拓を次々と成功させ、今や事務局のボスとなった。
彼女の助手となった我が息子・壮一君は、篠原君から営業の真髄を根底から鍛えて貰った。
海外マネージャーの高松君も国内営業ウーマンとして変貌した。
遠山君は、体も行動も細々として、女性陣の餌食となって楽しんでいた。
新しくデスクになった岡田さんの手腕に大いに助けられ、新人の後藤君・荒田君の空回り的な頑張りにイライラさせられた。
そして、チーフ・プロデューサーの奥野は、東京の切り込み隊長として、節電だらけの東京を彷徨っていた。
「TAOのみんな、ありがとう!」
「スタッフのみんな、ありがとう!」
この新作「参の絵巻」は、間違いなく東北の人たちを、日本全国の人たちを、元気にすることができる作品に仕上がった。
声を大にして叫ぼう!!
「今、TAOは日本の元気になる!!」
2011年5月14日
TAO代表 藤高郁夫

この作品は今年、九州ツアーを皮切りに、東京・横浜、シンガポールで上演され、秋には東北を含む日本全国ツアーへと上演されていく。
なんと今年、日本だけでも120公演が予定されている。
更には2012年1月より、3ヵ月間の全米ツアーでも上演されていく予定だ。
さて、その大切な舞台作品の初日はどうだったのか?
一言で言えば、「本当に素晴らしい公演だった!」である。
初日にこれほど完璧に近い公演ができたことは過去に経験がない。
私は公演終了直後から、溢れ出す涙を抑えることができず、人目を避けるように外へ逃げ出してしまった。
何故、こんなにも泣くのか?分からない!
この初めての感覚にどうする術もなく、その理由を自問自答していた。
「新作舞台に自分自身が感動してしまったのか?」
「いや、なんか違う。」
被災者へ何もできなかった自分への嫌悪感か?
「これも違う気がする。」
なかなか言葉として表現できないが、メンバーの顔が見られないほど泣きじゃくっていた。
楽屋へ帰ることもできず、冷静さを取り戻すために楽屋裏の喫煙所へ外から遠回りをして行った。
ちょうどそこには照明デザインの八木君がいた。
「修正点は沢山ありますが、如何だったでしょうか?」
彼は真摯にダメだしを求めてきた。
「いや、何もないよ!本当に素晴らしかったよ!」
「あ・り・が・と・う」
顔を合わせることができないので、うつむいたまま答えた。
こんなセリフを吐いたことは初めてだし、自分自身でも驚いてしまったが、八木君の顔を見上げた時、彼の誇らしげで喜びに満ちた笑顔が何とも言えなかった。
そして、今の感情が何なのか?の答えが突然出てきた。
そうだ、この涙は、TAOのメンバー、そしてスタッフ全員に対する感謝の気持ちだったんだ。
それを素直に表現できず、心が泣いていたんだ。
3月11日のあの震災から今まで、経験したことのない虚脱感が、自分自身に襲い掛かり、どんなに言い訳をしても罪悪感から逃れられないでいた。
「TAOは日本の元気になる!」と、スローガンを掲げて自分自身をも鼓舞しようとしていたが、毎日毎日が苦しみの連続だった。
こんなに辛いなら、作品作りを止めて被災地へ行けばいいんだ!
と、何度思ったことか・・・
しかし、その思いの都度に、最終的な答えは「作品づくりに没頭しろ!」だった。
何もできない自分への言い訳か?と感じながらも、自分を、メンバーを、スタッフを、奮い立たせてきた。
この2ヵ月間、本当に過酷な時間を共に過ごしてきた。
妻帯者は一度も家に帰らず、誰一人としても休みも取らず、1日20時間はひたすら制作を続けた。
この作品のスローガンは、それだけ我々を追い詰め、本物であるかを試したんだろうと思った。
耐え忍んだのではない!
絶対に創り上げるんだ!
ただその一念だった。
何度も何度も己の才能の無さに、嘆き、苦しみ、喘いできた。
「もう、ダメだ!!」と諦めそうになった時、必ずといって、東北の大切な仲間たちの顔が浮かんできた。
彼らに比べて自分の苦しみなんて屁みたいなもんだ!
そう自分に言い聞かせながら、
「新作、参の絵巻は、あなた達のための作品です!」と言える日を夢見て頑張り続けてきた。
そしてこの作品は、今の日本を元気にするため、世界へ日本の元気を伝えるために上演されていく。
中途半端な作品は絶対に作れるはずもない。
そしてその思いは、一昨夜見事に達成された。
本当に素晴らしい初日だった!
これまで17年間のすべての公演の中で、最高の出来と言っても過言ではない。
TAOにしかできない作品を、このメンバーでしかできない楽曲を創り上げることができた。
私の楽曲イメージを具体化してくれた亜里沙は、挫折と挑戦の連続だった。
水藤君は、没になった譜面の数々に埋もれていた。
岸野君は、「今までの全てを壊し、全く新しい楽曲を作る!」というテーマの基、泣かない男が泣いていた。
次々と新曲を作り込む滝君は、苦しむ仲間を助けながら、新居となった自分の家すら知らない。
新しいパフォーマンスに燃える太郎君と谷中君の稽古姿に大いに笑い、
シンゴと江良君の百に一つしかないアイディアをもらい、
純君も本田君も大矢君も必死になってついて来ていた。
感性豊かな麻記さんは、突っ走り過ぎて一番順調だったが、最後には没だらけとなり、まーだ諦めないで戦い続けている。
キーコは、今回の準主役的な役に抜擢されながら、常にマイペースでいた。
あすかは、麻記さんの最大の犠牲者でありながら、新曲をしっかりとこなしていた。
夏子は、みんなの健康管理と美味しい食事を提供してくれた。
和哉君・山口君・政所君・渡辺君・岩谷君・中田君は、北島50周年公演に出演するため、参の絵巻に出演できない悔しさで泣いていた。
津田君・山本君・生越君・枝元君・渡司君の新人は、先輩のお世話をしながら、必死に基本稽古に励んでいた。
入社したばかりの稲尾君は、東京で20年もメジャーアーティストの舞台監督をしていた英知を駆使して、東京の舞台製作会社とのやり取りをしてくれた。
舞台デザインの西君は、膨大な仕事の中でも、一つも妥協することなく、次々と素晴らしいデザインを描いていった。
プロデューサーの篠原くんは、新しいマーケットの開拓を次々と成功させ、今や事務局のボスとなった。
彼女の助手となった我が息子・壮一君は、篠原君から営業の真髄を根底から鍛えて貰った。
海外マネージャーの高松君も国内営業ウーマンとして変貌した。
遠山君は、体も行動も細々として、女性陣の餌食となって楽しんでいた。
新しくデスクになった岡田さんの手腕に大いに助けられ、新人の後藤君・荒田君の空回り的な頑張りにイライラさせられた。
そして、チーフ・プロデューサーの奥野は、東京の切り込み隊長として、節電だらけの東京を彷徨っていた。
「TAOのみんな、ありがとう!」
「スタッフのみんな、ありがとう!」
この新作「参の絵巻」は、間違いなく東北の人たちを、日本全国の人たちを、元気にすることができる作品に仕上がった。
声を大にして叫ぼう!!
「今、TAOは日本の元気になる!!」
2011年5月14日
TAO代表 藤高郁夫


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